世界で一番の漬物

私の母は現在、市内の介護下宿にお世話になっている。まだ痴呆でないので下宿なのだが何と言っても88歳。

足が悪く一人では色々とできないことばかりで、結局ヘルパーさんの力添えをかりざる得ない状態である。

昔は足腰に加え、口も達者な母親だったが15年前に父が亡くなってからは、あれよあれよと驚くほど弱ってしまった。 夫婦とは本当に強い絆で結ばれているものだ。

私の父は私が幼少の頃から、、私が高校を卒業するまで、心臓が悪く全く働くことが出来ず母のほんの少しのバイト代と生活保護給付金、そして夏休み・冬休みの私のバイト代で生計を支えていた。確かに貧乏で恥ずかしい思いも随分としたが、寛大な父母の愛情と教えは尊敬に値する。確実に今の私を支え、そしてまた私の子へと受け継がれていくのだろう・・・

生前、体は悪いが頭だけはすこぶる良い父は、いつも母に指令をおくり母はそれを忠実に実行する・・・そんな状況が何十年もつ続く毎日の中、突然父が他界してしまった。司令塔を失ってしまった母は、その日以来あまり行動を起こさなくなり、やがて足が弱り、気力もなくなり、今に至ってしまったのだろう。  今まで何か楽しいことが一つでもあったのだろうか・・・・

現在は家内と交代で母の買い物、病院、薬局、美容室、掃除などなどをやっている。家内は文句の一言も言ったことがなく本当に良く尽くしてくれる。生前の父にも本当に良くしてくれた。ある意味、他人の父母にここまでどうして優しくしてくれるのか・・ただただ、感謝、感謝に尽きる。

と簡単に言っても本当に本当に大変である。こちらの都合など全く関係なく、容赦なく電話で頼みごとをしてくる母。体が自由にならないイライラから、すぐに行かなければ、淋しいのか寝込んだりもしてしまう。当たり前なのだろう88歳にもなれば。   

しかし身体は勿論だが精神的にやられてしまう。

以前、私がすごく忙しかった次期のある日のこと。、いつものように母からの電話・・・

「すぐ来てもらえないか?」と母。 

「 どうしても今日じゃなければダメなのかぁ?」と私。

「本当は、今来てくれたら助かるなぁ~でもいいよ、いそがしいんだろう?」と母。

内容を聞いても話さない。

どうしても気になり、取引先との打合せ時間を変更して母の所へ行くことにした。

「かぁさん?どうした?」   

母は満面の笑みで「来てくれたんだ、仕事は順調かい?昌ちゃんや子供達は元気かい?もう少ししたら友達が遊びに来るんだけど、お茶が切れてしまって・・・・」

次の瞬間、実の息子が決して言ってはいけない言葉を私は・・・・発してしまった・・・・・・

「ふざけるな!!このくそ忙しい時に仕事の邪魔しやがって!!」

「そんなくだらないことで俺を呼びつけて、俺達を苦しめて何が嬉しい?」

「かぁさんの介護下宿の支払いするのに必死で働いてるのに・・・どうして・・・・どうして」

優しいと思っていた息子の言葉にショックを受けたのだろう。母の目から涙・・・・・「本当は無性に顔がみたかったんだ・・・ごめん」

私はそのまま、下宿を後にした・・・・・母が最後に言った言葉が耳から離れない・・・

車の中で頭をよぎるのは私が幼少の頃の母の姿ばかり。

冬の銭湯の帰り凍った私の髪の毛に息を何度もかける母・・・

山菜を取りに行って母とおいしい手づくり弁当を食べたこと・・・

私の友達が遊びにきたら、必ずカレーを作ってくれる母の後姿・・・・

涙がとめどなく出てくる。好きで老いたのではないのに・・拭いても拭いても。

涙の数が罪への数であり後悔の量を物語っている・・・・

よっしゃ!!!

次の日からどんなことがあっても怒らない、電話が来なくても定期的に顔を見せに行こう と堅く誓い、今もそれは続いている。

そして母の元へ行くときには、私が自分で漬けた漬物を持っていくことにしている。

とは言っても糠床を買ってきて、だだその中に大根、キューリ、ナスなどを入れて1~2日入れておくだけのインスタント漬物である。

今は、「世界一の漬物がなくなったよぉ」と母から電話がはいる・・・・

そして私は「世界一の漬物もってきたぞぉ~」・・・・・・・

勘違いするな!!今の自分があるのは親のお陰!!

親が老いたのは私達を一生懸命育てて苦労をしたから・・・・・

そう思っています。

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